(I) 生体軟組織の力学特性の測定・モデリング
肝臓がん・乳がん・肺がん等の悪性新生物に対する新たな治療法として、専用の針を穿刺し熱を加え焼灼することで局所的かつ低侵襲に治療を行うラジオ波焼灼療法が注目されている。本術式は高い根治性を有するが、医師が自身の視覚や触覚を駆使し、がんの位置を判断した上で穿刺を行い、更に経験的知見に基づき熱量を決定し焼灼を実施している。そのため、がんの位置に正確に穿刺をすることが困難である。
以上の課題に対し、本研究では肝臓がん・乳がんなどの悪性新生物を対象とし、変形シミュレーションを用いて、臓器の変形を予測することで、ピンポイントにがんに穿刺することが可能な穿刺支援ロボットシステムの軌道計画・制御の開発を行ってきた。変形シミュレーションで正確に推定するためには、正確な臓器の物性モデルを構築することが重要である。
(I)生体軟組織の物性のモデリング
そこで、生体軟組織の物性の測定・モデリングに関する研究を実施してきた。力と変形の動的関係を測定する粘弾性試験機を用いて、ブタから摘出した臓器の特性を測定し、それらのデータに適合する数式を経験的なモデルとして提案した。これらは、生体軟組織が特殊な物性を有していることを明らかにし、それらに適合する新しいモデル式を提案した研究である。時間的な分数次微分方程式(粘弾性)、ならびに、量的な指数非線形方程式(応力とひずみの非線形性)を用いてモデル化していることに特色がある。これまで,生体の実験データに良く適合し、少ないパラメータで表現するモデル式がなかった。本研究のモデル式により、複雑かつ特殊な性質をもつ生体の特性を少数のパラメータ(3つ)で表現することを可能とした。少数のパラメータで表現できることは、物性を特定する際のパラメータ同定や制御手法への活用に対して有用である。また、これらの結果から、生体軟組織は「長時間にわたる記憶効果を有する」特殊な粘弾性特性を有していることを明らかにした。本研究における生体軟組織のモデルは、肝臓を対象とした実験データに適合する式として導出されており、その後、他の臓器(乳房・筋)にも適用可能であることを示した。
<主要論文>
Yo Kobayashi*, Mariko Tsukune, Tomoyuki Miyashita, and Masakatsu G. Fujie, "Simple empirical model for identifying rheological properties of soft biological tissues", PHYSICAL REVIEW E, 95, 022418, 2017 : http://journals.aps.org/pre/abstract/10.1103/PhysRevE.95.022418
Mariko Tsukune*, Yo Kobayashi, Tomoyuki Miyashita, G. Masakatsu Fujie, "Automated palpation for breast tissue discrimination based on viscoelastic biomechanical properties", International Journal of Computer Assisted Radiology and Surgery, 10(5), pp 593-601, 2015: http://link.springer.com/article/10.1007/s11548-014-1100-2
Yo Kobayashi*, Naomi Okamura, Mariko Tsukune, Masakatsu G. Fujie, Masao Tanaka, "Non-minimum phase viscoelastic properties of soft biological tissues", Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials, vol. 110, 103795, 2020 : https://doi.org/10.1016/j.jmbbm.2020.103795
<参考論文>
Yo Kobayashi, Jun Okamoto and Masakatsu G. Fujie, “Physical Properties of the Liver for Needle Insertion Control”, inProceedings of 2004 IEEE International Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS’04), pp.2960-2966, 2004
Yo Kobayashi, Jun Okamoto and Masakatsu G. Fujie, “Physical Properties of the Liver and the Development of an Intelligent Manipulator for Needle Insertion”, in Proceedings of 2005 IEEE International Conference on Robotics and Automation (ICRA’05), pp.1644-1651, 2005
Yo Kobayashi*, Atsushi Kato, Hiroki Watanabe, Takeharu Hoshi, Kazuya Kawamura and Masakatsu G. Fujie, “Modeling of Viscoelastic and Nonlinear Material Properties of Liver Tissue using Fractional Calculations”, Journal of Biomechanical Science and Engineering (JBSE), Vol. 7(2), pp.177-187, 2012, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbse/7/2/7_2_177/_pdf
(II)モデル式から生体組織のフラクタル構造を推定
理論的な解析から、項目A)で示した粘弾性特性は、生体軟組織の構造におけるフラクタル性やスケールフリー性に起因することを理論的に明らかにした。具体的には、弾性膜と内部液体を構成要素とした場合、3重のフラクタル構造から生じることを理論的に示した。これは、生体軟組織のマクロスケールの特性は、ミクロスケールにおいても同様であることを意味する。
<主要論文>
Yo Kobayashi*, Mariko Tsukune, Tomoyuki Miyashita, and Masakatsu G. Fujie, "Simple empirical model for identifying rheological properties of soft biological tissues", PHYSICAL REVIEW E, 95, 022418, 2017 : http://journals.aps.org/pre/abstract/10.1103/PhysRevE.95.022418
(III) 非最小位相の粘弾性の発見
さらに、粘弾性特性の実験的な検証を進め、生体組織の粘弾性特性が非最小位相系であることを発見した。これは、生体組織は他の材料では見受けられない、特殊な粘弾性特性を持つことを示している。これまで、粘弾性モデルは最小位相であることが暗黙的に仮定されており、本成果は、生体材料に限らず粘弾性に非最小位相が観察されることを示した最初の例である。これらは、バイオメカニクスの研究に対して、非最小位相という制御工学やシステム工学の概念を導入することで達成された。また、非最小位相の程度は、その組織の脂肪含有量と関係がある可能性を見出した。これまで、脂肪などを含有する組織において、粘弾性特性を正確に表現するモデルが見つかっていなかった。制御工学やシステム工学の概念である非最小位相を導入することで、精度の高いモデルを構築することに成功した。
<主要論文>
Yo Kobayashi*, Naomi Okamura, Mariko Tsukune, Masakatsu G. Fujie, Masao Tanaka, "Non-minimum phase viscoelastic properties of soft biological tissues", Journal of the Mechanical Behavior of Biomedical Materials, vol. 110, 103795, 2020 : https://doi.org/10.1016/j.jmbbm.2020.103795
(IV)変形シミュレーションの構築とそれによるモデルの評価
これらのモデルを基礎物性としたシミュレーションを実施し、実験と比較することで、実際の臓器の挙動と同様(位置誤差1mm程度)であることを確認した。具体的には、項目(I)のモデルを用い、それらを基礎物性とした変形シミュレーション(有限要素解析)を実施し、実験的に得られた実際の臓器の変形を比較した結果、変形シミュレーションと実際の臓器の挙動が同様(誤差1mm程度)であることを確認した.これらの検証では、摘出した肝臓組織、動物実験での肝臓、摘出した乳房組織で検証している。これらの検証においては、医療ロボットを活用することによって実証していることに特徴がある。なお、変形シミュレーションにおいては、超音波画像(2D)との比較のため、2次元のモデルで検証している。
<主要論文>
Yo Kobayashi*, Akinori Onishi, Hiroki Wtanabe, Taeharu Hoshi, Kazuya Kawamura, Makoto Hashizume and Masakatsu G. Fujie, “Development of an Integrated Needle Insertion System with Image Guidance and Deformation Simulation”, International Journal of Computerized Medical Imaging and Graphics (CMIG), Vol.34, No.1, pp. 9-18, 2010, http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0895611109001098
Yo Kobayashi*, Akinori Onishi, Takeharu Hoshi, Kazuya Kawamura, Makoto Hashizume, Masakatsu G. Fujie, " Development and validation of a viscoelastic and nonlinear liver model for needle insertion", International Journal of Computer Assisted Radiology and Surgery (IJCARS), Vol. 4, No. 1, pp.53-63, 2009, http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs11548-008-0259-9
Yo Kobayashi*, Makiko Suzuki, Atsushi Kato, Maya Hatano, Kozo Konishi, Makoto Hashizume and Masakatsu G. Fujie, “Enhanced Targeting in Breast Tissue using a Robotic Tissue Preloading-Based Needle Insertion System”, IEEE Transaction on Robotics, Vol.28(3), pp. 710-722, 2012, http://ieeexplore.ieee.org/xpls/abs_all.jsp?arnumber=6144750