臓器物理モデルベースド制御

 外科医療における処置は,特に病変部や生命維持に係わる部位などの重要な組織周辺において精確さが要求されるが,これらの対象となる組織の多くは非常に軟らかいため外力に対して変形を起こしやすく,手術難度が高い.たとえば,脳・肝臓・乳房といった軟組織によって構成される臓器――そのいずれにおいても悪性腫瘍の症例が多い,生命機能において重要な役割を担っている,瘢痕による精神的ダメージの回避が重要視される,などの特徴を有する――における治療では,穿刺や切除の際に組織が変形を生じる.ここで,従来の人の手による術式においては,術者が精確な施術を行うためには術中に得られる触覚・視覚の情報を利用し,医学的知識や経験則に基づいて臓器の解剖学的・力学的状態を推定・予測することで,患者人体――バラエティに富み未知の特性を持つ対象――に対して巧みな作業を行う必要があり,熟練を要することから手術難度が高く,熟練医師の不足が深刻な問題となってきた.この問題を解決するため,術者を支援する手術支援ロボットシステムの研究開発が行われている.
 前述のように軟組織は外力に対し容易に変形することから,手術支援ロボットシステムが組織への高精度なマニピュレーションを達成するためには,組織変形を補償する方法が必要である.この組織変形補償の要求に対し,臓器物理モデルベースド制御法と呼称される手術支援ロボットの制御方法がこれまでに提案されてきた.この制御方法では,手術支援ロボットが臓器に及ぼす力学的作用を手術前および手術中に臓器物理モデルを用いた力学的な数値シミュレーションを行うことによって評価し,その評価結果によって手術支援ロボットの制御パラメータを適切に設定する.この手法によって,臓器変形など,臓器内の力学的状態に応じて手術支援ロボットシステムの制御を調整することが可能になることから,手術支援ロボットシステムによる,より精確でより安全な処置が実現されることが期待されている.
  我々は,手術支援ロボットの目標組織への高精度な位置決めを可能にするために,臓器モデルの開発および臓器物理モデルを用いた力学的な数値シミュレーション情報をロボットの制御に反映する「臓器モデルベースド制御法」の提案を行ってきた.臓器モデルベースド制御法の概念図を下記 に示す.臓器モデルベースド制御法では,事前知識のデータベースと術前の撮像画像を利用した術前臓器物理モデルによって手術計画を行い,術中においては術中撮像画像などを利用した術中臓器物理モデルによってロボットの制御を行うものである.


*本文章は,「星雄陽 博士論文 接触力計測と超音波画像を用いた臓器物理モデルの弾性率値分布同定に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.

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