手術支援ロボットシステムの知能化

現在までに開発されてきた手術支援ロボットシステムに対し,今後の手術支援ロボットの研究開発課題として,さらなる知能化がある.現在までの手術支援ロボットは 1.1.1 のように2 種類に分類される.このうち,分類「術前計画固定作業型」では,主に整形外科における骨――用途によっては剛体に十分近似できる――などの,個人差の少ない既知の特性を持つ部位のみに限り適用されてきている.これは,患者人体の多くの部位は多様性に富み未知の特性を持つことが,治療対象領域における作業の術前計画を実現困難としてきたためである.一方,「術中フレキシブル作業型」の手術支援ロボットを用いた手術は患者にとって大きな恩恵がある一方で,

1. 医師が操作に習熟を要するため,ごく一部の医師のみが施術可能

2. 治療成績や治療の安全性が,医師の持つ技量に大きく影響される

3. 処置中に煩雑な操作を要求するため,医師が本質的な医学的判断に専念できない

といった問題がある.これら現状の手術支援ロボットシステムに対し,佐藤は文献[18] にて,コンピュータ支援外科(Computer Aided Surgery, あるいはComputer Assisted Surgery,CAS)における外科手術支援システムの究極の目標として,様々な生体情報の体内3 次元分布を取得し,手術計画を立案し,手術による患者への侵襲を最小限にしながら手術を行えるよう外科医の能力を増強するようなシステムが必要であると述べている.このようなシステムを構築するために,同じく佐藤は,次のような要素技術が必要であることを指摘している[18].

1. 手術前の三次元医用画像を用いて,患者体内の臓器形態・動態・病態・生理機能・物理特性などの生態情報を統合した患者三次元モデルを復元する技術

2. 患者三次元モデルを用いて,客観的・定量的評価基準に基づく最適手術計画を立案する技術

3. 手術シミュレーションによる手術リハーサルをコンピュータ上で実施する技術

4. 手術中に,仮想空間における手術前患者三次元モデル・手術中計画を実時間の患者とシームレスに融合する技術

5. 手術中画像および三次元位置センサ(モーションキャプチャ装置)などの情報を用いて,手術中の患者の動きや変形を実時間解析し,仮想空間の患者モデルを更新するといったシステムを実現する技術

このような手術支援システムに含まれるロボットシステムは,術者の医学的判断の介在と術前および術中手術シミュレーションによる動作とを適切に取り持ち,人間の総合的判断能力の長所とコンピュータの高い演算能力の長所とを協調させるものであるから,次の事項を有している必要がある.

1. 術者である人間の行う様々な行動に対応可能な汎用性(universality)

2. 術者である人間が全ての軌道計画を指示しなくても行動が可能な自律性(autonomy)

3. 手術中の状況の変化に対応して行動を変更する適応性(adaptivity)

4. 術者である操作者,または監視者の意図を把握しそれに応じた行動を実施する協調性(collectiveness)

上述のような手術支援ロボットの知能を手術支援ロボットシステムに実装し利用できる形態とするためには,手術に関する種々の情報を工学的に定量化しモデリングすることが必須であり,次の二つの過程を要する:

1. 治療技術の工学的解明: 熟練医師が医学的知識や経験則に基づき行ってきた手術手

技を,工学的な計測・モデリングによって定量化する過程

2. 手術知能の構築: 前項目にて定量化された治療技術をもとに,手術中の状況に応じて

適宜手術計画を補正しながら医学的かつ工学的に合理性のある手術手技を実行するため

の,手術支援ロボットの手術知能の構築する過程

近年,特に1990 年代から顕著な,汎用コンピュータの演算能力と記憶能力の急速な増大は,従来では困難であった大きさの計算負荷を有する処理を実時間で実行することを可能にしている.特に2000 年代後半においては,Many cores CPU やGPGPU (global purpose graphic processing unit)を用いた大規模並列計算技術の実用化と普及があり,コンピュータ支援外科の分野においても大規模計算を利用した研究が盛んに行われるなど,今後もますます計算資源の増大が見込まれている.すなわち,精密なモデルや大量のデータベースを用いた計算負荷の大きい数値計算を利用する実時間ロボティックシステムの実装を可能としてきている.

[18] 佐藤嘉伸. 外科手術支援システム研究の現状と将来展望. 電子情報通信学会誌, Vol. 89, No. 2, pp. 144–150, 2006.

*本文章は,「星雄陽 博士論文 接触力計測と超音波画像を用いた臓器物理モデルの弾性率値分布同定に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.