福祉支援ロボットシステムの発達

日本は2007 年に総人口に占める65 歳以上の割合が21.5%を超え,超高齢社会に突入した.日本以外の先進諸国においても,がん骨転移患者に限らず高齢者,障害者,有病者が急激に増加しており,高齢化が世界的な社会問題となっている.この問題を解決するためには,内閣府社会還元加速プロジェクト「高齢者・有病者・障害者への先進的な在宅医療・介護の実現」においても指摘されているように,心身機能の低下により,社会活動や社会参加の能力が低下する高齢者,障害者,有病者に対して,社会的な施策だけではなく,物理的,もしくは精神的な支援が必要である.

先端テクノロジーを用いて人の機能を代替もしくは回復させることで高齢者,有病者,障害者を支援する取り組みは,1948 年にアメリカの数学者Norbert Wiener が「サイバネティックス――動物と機械における制御と通信」の中で提唱した「サイバネティックス」に端を発する [1-24].サイバネティクスは,行為の結果の情報を系に戻し,目標と比較して制御を行うフィードバックの概念を導入し,機械の自動制御や動物の神経系機能の類似性や関連性に着目することで,通信工学と制御工学を融合し,さらに心理学,生理学,物理学,機械工学,システム工学を統一的に扱う学問である.Winner は,その一例として,「筋電流を利用して動く義手」を提案し,後にボストンアームとして具現化している.

その後,機械工学,電気工学,情報通信工学分野の技術レベルの向上により,多くの高齢者,障害者,有病者の支援機器が研究開発されている.例えば,四肢が不自由な人の支援を目的として,車いすなどに装着が可能なマニピュレータMANUS [1-25](現在,iARM,オランダ,Exact Dynamics 社,Fig. 1-6)や倒立振子制御を利用することで2輪走行や階段昇降などが可能な高機能車いすiBot [1-26](製品名INDEPENDENCE3000,アメリカ,Jhonson & Jhonson,Fig. 1-7)などが高齢者,障害者,有病者の日常生活を支援する先端機器として開発されている.一方,機能回復の分野では,電動免荷機構を採用した歩行訓練機PW シリーズ [1-27](日立製作所,Fig. 1-8)や下肢リハビリテーションをベッドサイドで行う下肢運動療法装置TEM LX シリーズ [1-28](安川電機,Fig. 1-9)が実用化されている.また,近年では,食事を支援するマイスプーン [1-29](セコム,Fig. 1-10),随意動作をパワーアシストするロボットスーツⓇHALⓇ [1-30](筑波大学,サイバーダイン,Fig. 1-11),歩行訓練を行う外骨格ロボットLokomatⓇ[1-31](ETH,Hocoma,Fig. 1-12)などが研究開発されるなど,世界中で人を支援するロボット技術の研究が活発に行われている.さらに,技術的な発展のみならず,機器や建築物などの開発にも大きな影響をもたらした「ADA(Americans with Disabilities Act)法(米国,1990 年)」の採択や障害をマイナス面から分類(国際障害分類ICIDH:International Classificationof Impairments Disabilities and Handicaps)するのではなく,生活機能というプラス面を評価するために環境因子を積極的に包含した分類(国際生活機能分類ICF:International Classification of Functioning, Disability and Health,WHO,2001年)するという方針転換などの社会整備が世界的に進んだことにより,高齢者,障害者,有病者を支援する機器の研究開発および実用化は近年急速に進んできている.日本においても,「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律(福祉用具法)(1993 年)」,「介護保険法」(2000 年)などにより,ADL の獲得による高齢者や障害者の自立を促進する支援機器の開発を支援し,QOL の高めるために支援機器を利用するという社会基盤の構築が進められてきている.さらに,本年は2020 年を見据えて策定する政府全体の科学および技術政策の行動計画である科学・技術重要施策アクションプラン [1-32]においても,2大重要課題の1つであるライフ・イノベーションのポイントとして,高齢者や障害者が自立した社会の実現に向けた生活支援技術の開発に関する方策が具体的に示された.その中で次世代ロボットの用途を介護など生活支援に絞ったことなどからも,日本の国策における支援機器開発の重要性は著しく高いと言える.

[1-24] N. Wiener, Cybernetics of Control and Communication in the Animal and the Machine, 1948, MIT press

[1-25] http://www.exactdynamics.nl/site/?page=iarm

[1-26] http://www.ibotnow.com/

[1-27] http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/9905/0524b.html

[1-28] http://www.e-mechatronics.com/product/robot/medical/index.jsp

[1-29] http://www.secom.co.jp/personal/medical/myspoon.html

[1-30] http://www.cyberdyne.jp/

[1-31] http://www.hocoma.ch/en/products/lokomat/

[1-32] 科学技術政策担当大臣・総合科学技術会議有識者議員,科学・技術重要 施策アクションプラン,2010

*本文章は,「安藤健 博士論文 骨転移患者の寝返り支援に向けた高精度で高応答な筋電動作認識に関する研究」を一部抜粋し,再編集したものである.